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第82話 母の見舞いと疑念⑧

Author: 花柳響
last update Last Updated: 2026-01-21 06:01:14

 革のシートに深く沈み込み、私は膝の上で拳を握りしめた。

 爪が掌に食い込み、鋭い痛みが走る。けれど、胸の奥で暴れ回る嵐のような混乱には、到底及ばない。

「……嘘よ」

 か細い声が、唇からこぼれ落ちた。

 信じたくない。

 あんなに優しく私を抱きしめてくれた彼が。

 不器用な言葉で「お前が必要だ」と囁いてくれたあの人が、すべてを計算ずくで演じていただなんて。

 でも。

 まぶたを閉じれば、先ほどの光景が焼き付いたように蘇る。

 医師に渡された分厚い封筒。冷酷なビジネスマンの顔で交わされた密約。

 そして、蒼くんが告げた『人質』という言葉。

(どっちが本当の彼なの……?)

 昨夜、私の涙を拭ってくれた指先の温もりは、演技だったの?

 私に向けられた焦がれるような視線も、すべては私を籠の中に閉じ込めるための、巧妙な罠だったの?

 違う、と思いたい。

 けれど、今の私には、彼を信じ切るだけの材料が何一つ残されていなかった。

 窓の外を流れる街並みが、涙で滲んで歪んでいく。

 愛している。

 悔しいけれど、まだ私の心は彼を求めて泣いている。

 だからこそ、疑念が刃物となって深く突き刺さるのだ。

 もし、本当に彼が私を騙しているのだとしたら。

 私は、親の仇とも知らずにその腕に抱かれ、愚かにも安らぎを感じていたことになる。

 そんな惨めなこと、あっていいはずがない。

(……分からない。もう、何が真実なのか)

 彼に問いただしたい。

 「母を人質にしているの?」と。

 でも、もし彼がそれを肯定したら?

 あるいは、嘘をついて誤魔化されたら?

 私にはもう、彼の言葉を以前のように無邪気に信じることなんてできない。

 疑いという名の黒いインクが、彼への想いに一滴落ちてしまった。それはじわじわと広がり、透明だったはずの愛を濁らせていく。

 騙されたくはない。

 けれど、彼を失いたくもない。

 相反する二つの感情が、私の内側をぐちゃぐちゃにかき乱し、息をするのさえ苦
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